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副院長のつぶやき
副院長 林 行雄
風に立つライオン
2015年6月2日 つぶやき74
昔から医師を扱った映画やドラマはたくさんあります。医師の献身的な感動物語 もあれば、医師の世界のドロドロ劇を興味深く描いたものもあります。後者の代表はなんと言っても山崎豊子さんの“白い巨塔”でしょう。所詮フィクションと思いますか?いえいえ、事実は小説より奇なりです。

さて、表題のタイトルの映画、この3月に公開されましたが、これは前者の感動物語です。作品は長崎出身のシンガーソングライターのさだまさしさんの著書なのですが、作り話ではなく、実話をもとにしています。ご存じの方もおられるかもしれませんが、映画のあらすじを。

大沢たかおが演じるこの映画の主人公の名は島田航一郎(実在のモデルとなった人物は柴田紘一郎先生、長崎大学出身の外科医)は恋人を日本に残して、長崎大学がケニアに持つ研究所(病院も兼ねています)に赴任。映画では主人公はさらにそこから北のスーダンとの国境に近い国際赤十字の病院に赴任します。当時、スーダンは内戦にあり、そこは戦争で負傷した兵士や地雷で傷ついた子供が運ばれてくるまさに野戦病院でした。映画は過酷な環境で奮闘する主人公と戦争で体のみならず心も傷ついた患者との交流を描いていきます。退院する青年に問いかけます。“これからどうするのか”、“スーダンに戻ってまた戦う”医師としては何ともやるせない返事に言葉を失います。ある日、地雷で傷ついた少年兵が運び込まれます。彼は英語が話せました。それはケニアでは高度の教育を受けた証。ただ、彼はずっと心を閉ざしたまま。主人公は彼に興味をもち、幾度となく声をかけますが返事はありません。でも、少年は島田に興味を持っているかのようなそぶり。そして、あるとき返事があったのですが、“何が得意なのか”“人を撃つことだ、たとえ動いていても確実に撃てる”。そんな彼がクリスマスの夜に少し心を開き、その生い立ちを少しずつ語りだしました。“父は学校の先生だった。母はやさしかった。お姉ちゃんがいて、かわいい妹もいた。”“ある日、ゲリラが家にやってきて両親を殺した。そのゲリラの中に父の教え子がいたんだ。”島田は彼の心の闇に語りかけます。“医者になるんだ”と。この後が映画の予告編に使われたクライマックスともいえるシーンです。“僕は9人を殺した。僕は人殺しだ。”“ならば一生かけて10人を救えばいい。未来はそのためにある”。その少年は後に医師となり、映画のラストシーンに登場します。

この映画のタイトルは困難に立ち向かう主人公をライオンに例えたものです。この映画のもとになった実話はもう40年以上も前のことで、その風の強さは想像できません。この映画では島田は内戦に巻き込まれて命を失います。一方、日本に残った恋人は病に倒れた父の後を継いで、五島列島の中の小さな島の唯一の診療所を継ぐことを決意します。彼女もまた“風に立つライオン”でした。そんな彼女に島田の死後に彼の手紙が届けられます。たった1行“お願いですから幸せになってください”。
くさいけど結構感動ものです。でも、モデルとなった柴田先生は無事帰国され、今でも医師としてご活躍されていますので、映画はあくまで映画です。

さて、ここからは手前味噌の話におつきあいをお願いします。桜橋渡辺病院は循環器の専門病院として患者さんに受け入れていただいています。大阪には阪大病院や国立循環器病センターなど、日本を代表する循環器のトップクラスの病院がありますので、ビジネスという面では楽ではありません。これらの大病院はいわゆる公的な病院ですが、当院は民間病院ですので、公的な病院では当たり前の補助金はありません。そのため、医師の奮闘なくして成り立たない病院です。アフリカの大地ほどの強風ではないにしろ、ここにも風に立つライオンたちが皆様を支えております。ただ、彼らも一人で立っているのではありません。優秀な医療スタッフ(看護師、ME、臨床検査技師、放射線技師、リハビリ等々)と有能な事務方がその背中を支え、時には風を受けてくれています。私は長く大学病院に勤めて、1年前に本院に赴任しましたが、彼らの奮闘ぶりは驚き以外のなにものでもありません。もっとも、彼らが支えているのは医師だけでなく患者さん一人ひとりでもあるはずです。
前にも書きましたが、私のつぶやきは世に出る前に当院オペ室の看護師長が校閲しており、1回でOKが出ることはありません。今回も誤字は1つだけでしたが、“最後の手前味噌の話は結構上から目線ですね。”とチクリ。確かにちょっとそうかな、と思いましたが、うまく書き直す文章も思い浮かばず、訂正しませんでした。まあ”粛々“よりはだいぶましだと思いますのでご勘弁いただきます。