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副院長のつぶやき
副院長 林 行雄
天王寺動物園
2015年7月10日 つぶやき75
なでしこが決勝まで行ってしまったので、その結果を見てからと考えておりました。そのため、いつもより遅い更新です。残念な結果でしたが、実力の差がそのままでてしまった試合でした。トーナメントの対戦相手に運があったと言われ ていますが、運も実力のうち、世界2位は立派なもんです。胸を張って帰国してほしいと思います。お疲れさまでした。

日本にあるもう一つのセ界、つまりプロ野球のセリーグでは本日(7月6日現在)の段階でタイガースが首位です。と言っても貯金はたった1つ。他の5球団が借金生活という何とも不思議な状況、そのうえにタイガースのチーム打率は5位(ちょっと前までは最下位でした)、防御率は最下位、盗塁数も最下位、得点は5位(ちなみに最下位は巨人)、失点は最多、当然、得失点差はダントツの最下位。これだけチーム成績が悪いのに首位にいることは摩訶不思議。きっとよほど監督の采配がさえているという話が出てきそうですが、そんな話はもちろんありません。今年はタイガース創設80年のメモリアルイヤーですので、まずは結果。その意味ではなんか運がありそうです。その運が秋まで続いてくれたらいいのですが。

今年、大阪でもう一つのメモリアルイヤーがあります。大阪市の天王寺動物園が開園100周年を迎えます。1915年の開園で、当時としては日本では3番目の動物園だったそうです。私も子供のころは何度も父に連れられてこの動物園に行きました。今と違って、さしたるエンターテイメントのない時代ですから、動物園と阪急百貨店の屋上の遊園地が子供にとっては大イベントでした。こどものころの記憶をたどるとその当時、動物園は大きいもの、小さいもの含めると大阪周辺にはたくさんあったように思います。今でも残っていますが、枚方パークと岬公園、最近まであった宝塚ファミリーランド、ずっと昔になくなった阪神パーク。それに神戸まで行けば王子動物園。どれも一度は足を運んだことのある動物園ばかりです。なかでも阪神パークは阪神甲子園駅前にあって、そんなに大きくなかったですが、うさぎにえさをやれるところがあってそれが楽しくて、何度か母にせがんだ記憶があります(なぜか阪神パークだけ父でなく母でした)。また、天王寺動物園と宝塚ファミリーランド、王子動物園へは今度は父として子供たちを連れて行ったところでもあります。このエンターテインメントが多様化した現代にあっても、動物園の存在意義はあると思いますが、その経営は厳しく、天王寺動物園もご多分にもれず、赤字経営が続いているそうです。おそらく民間でこの事業に本気で手を出すところはないでしょうね。もちろん、夜間に開園したりとか展示方法を変えたりと、努力はされているのですが、黒字転換は簡単ではないようです。でも、動物園は教育施設と考えればと思いますが、今の大阪ではそれも厳しいのでしょう。

私がこの動物園を取り上げた理由は単に区切りのいいメモリアルイヤーという事だけではありません。この4月に42年ぶりに中学の同窓会に出席しました。42年の歳月です。当時の男の子はなんとなくわかります。でも、女の子は思わずだれ?と聞いてしまいました。その誰?と聞いた一人にこの動物園でコアラの世話をしているという方がいて、動物園の内情というか、いろいろと伺いました。経営難で新たな動物の購入ができないこと、今コアラは2匹いるが、いずれも高齢でいつどうなるわからない事、(実際そのうち1匹はまもなく4月16日に亡くなりました)、コアラはいつもユーカリの木に止まっていると世間の人は思っているかもしれないが、実は高齢のコアラは体力不足でよくずり落ちてしまうこと、夜中は室内で眠っていること、2匹とも死亡してしまうと動物園からコアラがいなくなること、購入資金を民間にお願いしていることなどを伺いました。最近この民間の援助で繁殖目的にオスのホッキョクグマが購入されたそうで、そのスポンサーが大阪では551(蛇足ながら、”ゴーゴーイチ”と読みます)の豚まんとアイスキャンデーで有名な(株)蓬莱さん。それで購入したシロクマの名前はゴーゴと名付けられたそうです。幸い赤ちゃんグマを授かったのですが、この名前が551の最後の1をもじってイッちゃんと言うそうです。

こんな話を聞きながら、子供のころ連れて行ってもらった動物園、子供たちを連れて行った動物園が懐かしく、より身近に感じられました。その時は近いうちにもう一度動物園に行って見ようと思ったのですが、なかなか思うように時間が取れません。将来、仕事からリタイヤすれば、全国の動物園めぐりや水族館めぐりもいいかもしれません。水族館だけでもこの周辺では須磨水族館、海遊館、京都水族館とそれぞれタイプの違った水族館があります。日本は動物園や水族館の多い国だと思いますので、老後の楽しみになりそうです。まだまだ先の話ですが、孫にねだられていくのも悪くない、そう思ってしまうことが人生の第4コーナーから最後の直線にさしかかったのでしょうね。