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副院長のつぶやき
副院長 林 行雄
ヒトパピローマウイルス
2017年4月6日 つぶやき96
 大相撲春場所はドラマチックな結末になりました。かつて貴乃花が膝のけがをおして優勝決定戦で武蔵丸に勝って、時の小泉首相をして”痛みに耐えてよくがんばった。感動した”と表彰式で言わしめたことがもう20年近く前の話。ネット上では稀勢の里を賞賛する意見とともに、貴乃花がそのケガで満足な復帰がかなわなかったことから稀勢の里のけがの回復をおもんばかる意見もあります。私もケガからの回復が心配です。長期的な視野にたって、けがをしっかり治してほしい、今後無理して短命横綱で終わってほしくないと願うばかりです。

 ”先見の明”と言う言葉があります。今行っていることが本当にいいことなのか?最終の結論を得るには時間が必要な事は多々あります。当事者がいなくなって何年もたってあの時のあのことが今にして思えばよかったと未来の人が思う時、この言葉が選ばれます。今月はこれに絡んでちょっとまじめな医療の話です。表題にあるウイルス、このウイルスの名前だけで”ああ、あのことね”と言われる方はなかなかなものだと思います。このウイルス、テレビで取り上げられるくらいの社会問題を引き起こしています。子宮がんの予防ワクチンと言った方がわかりやすいかもしれません。

 子宮がんは子宮頸がんと子宮体がんの2種類があります。名のとおり、子宮の入り口(子宮頚部)に発生するのが子宮頸がんで子宮の本体に発生するのが子宮体がんです。この2種類のがん、現在、発生率はほぼ同じくらいとされていますが、発生する年代が異なります。この20年で頸がんの発生年齢が低年齢化して、羅患率(この病気になる率)のピークが30歳代前半になっていますし、20歳代にこのがんに侵される人も珍しくないのです。これに対して体がんの多くは50歳以降に発症するとされています。子宮という臓器の機能と発症年齢の差から女性にとって頸がんの予防や早期発見の重要性は体がんに比べていかに大きいかをご理解いただけると思います。この頸がんの発生に表題にあるヒトパピローマウイルスが関与していることが分かったのが最近のことで、この発見はノーベル賞です。ウイルスが原因で病気になるのならそのワクチンを開発すれば予防できます。ほどなく予防ワクチンが作成され、海外の実績ではその効果が十分認められました。こんな背景があって、日本でも厚生労働省がワクチン接種を推奨しました。

 このヒトパピローマウイルスですが、珍しいウイルスではなく、成人のほとんどの人が持っているとされていますが、病気に至るのは稀な場合で多くの人はこのウイルスの感染兆候にすら気がつかないのです。このウイルスはヒトだけに感染するのですが、その感染経路が性交渉です。本来ワクチンは対象となる細菌やウイルスの感染の前に接種することが効果を得るポイントですので、性交渉以前に、ということで中学生や高校生のタイミングでの接種となりました。

 とまあここまではよかったのですが、その後、このワクチンが原因ではないかとされる副反応を示す方が出て、その副反応があまりに重篤なため患者さんが裁判に提訴。これをマスコミが取り上げ、多くの方がこの予防ワクチンの副反応を知るところとなりました。この副反応の重篤さに加えて、接種対象となったのが将来ある若年者の女性であったことも重なり、厚労省もワクチン接種の推奨を停止しました(禁止したのではないそうです)。同時に、この副反応が本当にワクチン接種によるものなのか、否かの疫学調査が進められました。実はその中間報告が昨年の12月26日開催の第23回副反応部会で報告されています。この会議の議事録等は厚生労働省のHPに公開されていますので、皆様見ることができます。報告の詳細な内容は割愛して、結論のみHPからそのまま引用します。

HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチン接種歴のない者においても、HPVワクチン接種後に報告されている症状と同種の「多様な症状」を呈する者が一定数存在した。

本調査によって、HPVワクチン接種と接種後に生じた症状との因果関係は言及できない。

 つまり、ワクチンが原因とする証拠は得られなかったということでした。これを受けて日本産婦人科学会は”HPVワクチン接種推奨の早期再開を求める声明”を出しています(これも産婦人科学会のHPに公開)。その中で将来、日本で多くの女性が子宮頸がんで子宮を失ったり、命を落としたりする不利益を拡大しないよう、求めています。

 この声明でもあるようにワクチンの効果が見えてくるのは10年後か20年後です。人は目の前の利益にはよく反応するものの、遠い将来のもっと大きな利益には反応は乏しくなるものです。たとえ総論では推奨すべきかもしれませんが、もし自分の身内がこの稀な副反応を蒙ったとしたら、どうでしょうか。”私の娘はこの副反応に苦しんでいますが、将来の日本の若い女性の不幸がなくなるようにこのワクチンをやめないでください”と言えるものでしょうか?なかなか簡単な話ではないと思います。

 現状の科学的なデータをみれば、このワクチンの推奨を再開すべきでしょう。ただ、副反応とワクチン接種の関係が全く否定されたとは言い切れません。長期的な視野と目の前に現実への綿密な対策、これに応えて、未来の日本人に”先見の明”が乏しかったと嘆かれないように、行政の手腕が問われているように思えます。