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副院長のつぶやき
副院長 林 行雄
報われた努力、報われなかった努力
2018年3月7日 つぶやき107
 感動的だったオリンピックが終わりました。最後の最後にカーリングの銅とスケートマススタートの高木選手の金と最後まで楽しませていただきました。

 なかでも、オリンピックのちょうど真ん中あたり、2月16日(土)と2月17日(日)は羽生選手のフィギュアスケートと小平選手の500mと2日連続、期待されたとおりの金メダル、それも圧巻の横綱相撲でした。昔から日本人は本番に弱くて、金メダル候補と言われつつもオリンピック本番では思うような結果が出せず、精神面の脆弱さが繰り返し指摘されてきたのがウソのような光景でした。特に羽生選手はケガからの完全復活でしたので、見事というほかありません。同じようにケガからの復帰のテニスの錦織選手がまだ以前のような輝きを取り戻せていないのを見るにつけ、世界のトップクラスに戻ることの厳しさを感じざるを得ません。それ故に羽生選手の世界のトップの証明には神々しささえ感じました。発明王エジソンが”天才とは1 %のひらめきと99 %の努力である。”と言ったそうですが、まさに天才の中の秀才と呼ばせていただきたくなりました。

 翌日の小平選手の金メダルには多くのマスコミが”努力”というキーワードで讃えていました。年齢からすれば、アスリートとしては遅咲きです。もちろん若いころからスケーターとしての頭角は現していたでしょうが、前日の羽生選手のような天才肌ではなかった分、時間がかかったのでしょうし、試行錯誤の末につかんだ優勝はまさに秀才の中の秀才の証明であり、多くの日本人の心に響くものだったと思います。報われた努力は美談として語り継がれるでしょう。まだ彼女が世界のトップでなかったころから支援した相澤病院、張本さん風に言えば”天晴れ”ということでしょう。

 羽生選手が天才の証明をした2月16日、もう一人の日本の天才が話題になっていました。プロデビューからの29連勝の将棋の藤井聡太五段(当時)、朝日杯というプロ棋士のトーナメントで優勝、中学生での優勝は史上初、準決勝では第一人者の羽生竜王との接戦を制し、決勝ではトップ棋士の一人である広瀬八段にはまさに完勝でした。この優勝で六段に昇段しましたので、1年で2階級特進となったことも将棋界では珍しいことでした。まさに天才のなかの天才の証明をみせてもらいましたし、5年後には彼は名人となり、将棋界の頂点を極めているかもしれない、以前から言われていたそんな憶測も憶測ではなくなったと感じました。

 翌17日、前日藤井六段の快挙に沸いた将棋界で一人の天才少女の努力が報われませんでした。里見香奈さん、女流棋界の6つのタイトルのうち5つを持つ、女流棋士の第一人者です。将棋のプロ棋士になるにはその下部組織である奨励会を25歳までに抜けだす必要があり、その最後の難所が三段リーグと呼ばれるもので現在36人で構成されています。半年ごとに2名、ですから1年で4名が晴れて四段となり、プロデビューするシステムになっています。東大理Ⅲ(医学部)が年間100名程度の合格者ですから、数字だけ見れば単なる天才だけでは通らない関門と言えましょう。さらに、プロ棋士をめざす多くの若者にとってこの三段リーグにたどり着くのも大変で、たどり着くことなく夢をあきらめたことは珍しくありません。里見さんは女性としては初めてこのリーグにたどり着きましたし、その際は地方局(関西)のテレビでも女性初という見出しでニュースとして取り上げられました。彼女にとっては年齢制限で今年が最後のリーグ戦でした。途中まではもしかしたら、と思える成績だったのですが、二月に入ってからのまさかの四連敗、2月17日の対局で敗れて、夢が断たれました。彼女は奨励会と女流棋戦との掛け持ちでした。奨励会1本であれば、四段になれたという指摘もありますし、私もその意見に一票です。彼女自身も本音を言えば、プロ初の女性棋士になるのが本当の目的ですから、女流棋戦を辞退し、奨励会一本に絞りたかったはず。でも、それが許されない大人の事情があったことは容易に想像できます。彼女にとってこのことが単なる絶望で終わってほしくないですし、何年か後で彼女の口からこんな言葉が出たらいいなあと思います。”人間万事塞翁が馬”。

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