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副院長のつぶやき
副院長 林 行雄
睡眠とダイエット
2018年11月7日 つぶやき115
 今月は久しぶりに最新の医学論文から身近な話題を提供したいと思います。ダイエットという言葉が市民権を得て、相当の時がすぎました。今日までにさまざまなダイエット法が提唱され、なかには出版されベストセラーになっているものもあります。また、これを補完するダイエットサプリメントが大量に世に出ていますし、”ライザップ”に代表されるようなジムも一大産業になりました。ダイエットには食事に気をつけて、それなりのサプリメントを服用し、ジムでそれなりのインストラクターの指導を受けることが必要となれば、結構お金のかかる話です。それでもダイエットに成功すれば、お金をかけたことも報われ、高い買い物だったとは思わないかもしれません。でもダイエットにいいことをたくさんしても必ずしも報われるかどうかはわかりません。規則正しい日常生活を送らないと折角の投資も無駄になってしまうかもしれない、そんな話が今回のテーマです。

 参考にした論文はCedernaes J et al. Acute sleep loss results in tissue-specific alternations in genome-wide DNA methylation state and metabolic fuel utilization in humans. Sci Adv 2018:4; eaar8590.

 ボランティアで行った研究ですが、おおまかな内容は一晩普通に熟睡したグループと徹夜をしたグループに分けて、翌朝に血液とともに皮下脂肪と骨格筋を採取してそのタンパク質の変化やタンパク質や脂肪の産生・代謝にかかわるとされる遺伝子の変化、さらにはヒトが潜在的に持っている体内時計、これはサーカディアンリズムとも呼ばれますが、その遺伝子の変化を検討しています。体内時計は人が眠たくなったり、目が覚めたりする日常のリズムを潜在的にコントロールしていますが、人間のみならずラットなどの哺乳類にもあり、その遺伝子はいくつか報告されています。この研究ではその一つであるBMALIと言う遺伝子に注目しています。研究内容については専門的なことを並べても睡魔が襲うだけだと思いますので、この研究結果をかいつまんで言います。晩徹夜した人達は熟睡した人達に比べて、脂肪組織では脂肪の取り込みが促進されるように変化していて、骨格筋ではBMAL1が増えてその結果として筋肉を分解し、脂肪を蓄積しやすくなるようなタンパク質が増えていた、というものです。つまり、たとえ一晩でも徹夜をすれば、サーカディアンリズムの乱れからタンパクが壊れ、脂肪が増える可能性が高い、これはラット等では既に報告されていたようですが、人でも同様のことが起こる可能性を示したものというのがこの論文の”売り”です。

 しっかり睡眠をとらないとさまざまな不利益があるという話は以前からありました。体の疲労は取れないですし、翌日の仕事も効率が落ちてしまいます。これは誰もが生活の中で感じていることだと思いますが、これがタンパクを壊し、脂肪が増えるとなれば、まさにダイエットの敵と言えましょう。

 私達麻酔科医もこのことを日常的に感じることが多々あります。本院は心臓専門病院で時に命にかかわる心臓の病気では夜を徹して緊急手術というのも珍しくありません。普段熟睡している時間に体に鞭打って仕事をしているわけで、寝ているよりカロリーも使っているはずだから当然体重も減るだろうと思うのですが、悲しいかな結果は逆で徹夜の仕事をすると間違いなく体重は増えてしまいます。徹夜をすると自然と甘い物等のカロリー高めのものを食べてしまうのが原因とも言えなくもないですが、一生懸命夜を徹して少しばかりの手当で働いて、得られるものはタンパク質が壊れて脂肪に置き換わるというのでは割のあわない商売と言えます。ここで助かった患者さんの笑顔ですべてが報われると言えばカッコいいですが、残念ながら私はまだ修行が足らず、その境地には至っておりません。

 今回は徹夜というかなり極端な睡眠障害が研究のテーマでしたが、それほど過激でなくても日常的な睡眠不足が様々な障害を招くことは最近明らかになりつつあります。例えば海外に行くといわゆる時差ボケが生じますがこれもありがたくない睡眠障害とされています。先月、二年ぶりにアメリカ麻酔学会(会場はサンフランシスコ)に出かけてきました。二人の若手の麻酔科医の演題が両方とも採用され、どちらも初めての英語での発表でしたので保護者として出席してきました。学会は土日挟んで五日間開かれますが、今回は二人の発表が同じ日という幸運?があり、私は現地二泊の弾丸ツアーで戻ってきました。私の留守の間もいつものように手術はあります。あまり長く病院を空けるとその分他院の麻酔科医に来てもらわねばならず、その経費のこともあり、看護師さんにはゆっくり観光してきたらいいのに、と言われつつも管理職の悲しさです。それでも時差ぼけは当然のごとくあり、体重も予想通りの帰国でした。若い時はそれほどではなかったのですが、歳とるとなお一層脂肪に好かれてしまいます。

 さて、今月の最後の一週間は毎年恒例の医療安全週間です。当院でも安全な医療が提供できるよう、昨年同様5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・躾のローマ字の頭文字を取って言います)をテーマに取り組みます。医療事故につながりかねないヒューマンエラーを少しでも減らすには睡眠障害の解消が役に立つはず。でも夜勤をする看護師さんがいないと病院は成り立ちません。睡眠障害を抑制するサプリメント、もしあれば夜中の勤務をする人には不可欠なものになるでしょう。きっと世界のどこかで一山当てようと誰かが狙っているはずです。