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副院長のつぶやき
副院長 林 行雄
甲子園のない夏
2020年6月3日 つぶやき134
 政府が非常事態宣言を解除し、少しづつですが、日常が戻ってきました。宣言中は朝のいつもの通勤電車(地下鉄御堂筋線)でも座れるという普段日曜日でしか起こりえないことがありましたが、今朝(6月1日)は電車の中で距離を保つことは到底不可能でした。経済活動の復活とともに新たなクラスターの発生はマスコミ等で繰り返し報道されている通り、この肺炎の治療薬が開発されるまでおそらく1年から2年の手探りの辛抱が続くものと思われます。

 新型肺炎の蔓延に伴い様々なスポーツイベントの中止が余儀なくされています。夏になれば高校スポーツの全国大会、いわゆるインターハイが行われるはずでしたが、早々に中止となり、それを追随する形で夏の甲子園も中止となりました。インターハイの中止に比べて、この甲子園中止の決定には賛否両論の意見、というより春も中止だった高校球児への同情論も絡んだ開催すべし、という意見、甲子園が無理でもせめて形を変えてもという柔軟な開催論もありました。今から45年前、私も高校球児の一人でした。もっとも進学校の弱小チーム、高校野球偏差値がもしあれば30くらいだったでしょう。地方大会の1回戦が最後の夏でした。このよく使われるフレーズの”最後の夏”ですが、高校生活最後という意味が含まれています。これは野球だけで他のサッカーとかバスケとかではありません。8月の終わり、夏休みが終わるころには各地方で来年の春の選抜に向けた予選が始まりますので、3年生は文字通り引退し、チームは2年生と1年生の新チームに代わります。一方、サッカーやバスケは秋から最後の全国大会に向けた地方予選が始まります。サッカーは正月を挟んで東京周辺で、ラグビーは年始から花園でまさに高校最後の全国選手権が開かれます。バスケも年末に開かれるウインターカップが全国大会ですし、バレーボースは少し遅れて開催されるいわゆる”春高バレー”がそれにあたります。このまま新型肺炎が収束方向に向けば、他の競技の高校最後の全国大会は無観客まで想定すれば開催できるのではないかと思えます。それだけにこの夏で最後になってしまう高校球児諸君の無念さは察して余りあります。”野球だけが特別扱いはどうなの?”インターハイと違って野球は別組織で運営化されるため、野球だけが違う選択肢を取ろうとすればこのように非難されます。でも、野球は夏で本当に最後、何か他に手はなかったものか、関係者も苦渋の決断でしょうが、もっと議論を長引かせても、という思いがあります。もっとも、私が高校生の時に他のスポーツに没頭していれば、このようなことは言っていないかもしれません、まあ身びいきと言えばそうかもしれませんが、ただただ残念です。

 生まれてこの方、夏には必ず甲子園がありました。そしていくつものドラマがありました。そこでプレーする高校生が自分より年上であったのはほんの短い時間でしたが、潜在的に心に刻まれた足跡は少なくなかったように思えます。人生の後輩のプレーも何かしらリスペクトする気持ちで観戦している自分がいました。自分の息子が高校に入った時、野球部に入ってくれたらなあ、と淡い期待をいだいた日がありました。あまり娯楽が少なかったとはいえ夏の甲子園は夏休みの定番の風物詩であったと思えます。来年度は春も夏も甲子園は戻ってくるでしょう。夏の甲子園がなかった彼らが何年も後に振り返った時になかったことは残念だけどそれでマイナスではなかったよ、と思ってくれる日が来ればいいなあと思います。