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副院長のつぶやき
副院長 林 行雄
無給医局員
2019年7月9日 つぶやき123
 大学病院で無給で働いている医師が少なくとも2139人という文科省の調査が公表されました。これを見て皆様はどのような印象をお持ちでしょうか。“そんないい加減なことがあるの?”、“まさか天下の大学病院で”、どちらかと言えば“驚き”という印象が強いでしょうか。それとも“そんなことだと思っていた”、“いわゆる公然の秘密だよね”と冷静な受け止めをされている方もおられるかもしれません。この慣例は大昔からあったもので私も若いころはこのような身分にて大学病院で麻酔をしていた時期がありました。もし、この調査が30年くらい前に行われたら、もっとすごい数字が出たことは間違いのないところです。つまり、私と同じ世代の先生方でこの身分にご縁が無かった先生の方が珍しいと思います。

 働けば、そこには給与が発生する、この当たり前の原則は研修とか自己研削の名のもとに医師の世界では長く、無視されてきました。それは世代を超えて受け継がれてきたことだけに”仕方ないよね“とか”それが当たり前“という感覚でしたので異議を唱えることなど考えもしませんでした。また、この制度がないと人件費がかさむので大学病院が成り立たない事は間違いのないところです。つまり、この制度は確かによろしくない、ですが、大学病院で患者さんにしかるべき高度な医療を提供するための”必要悪“ともいえます。

 ただ、ここである疑問があると思います。大学病院には無給の医局員でなく、きちんと常勤医として正規の給与をもらっている医師も相当数いるわけで、”彼らが病院でしっかり患者さんの治療にあたれば、無給の医局員はいなくてもいいんじゃないの?“という疑問です。でも、現実は大学の正規の常勤医を大学病院の病棟で見かけることはそんなに多くないのです。大学には臨床以外に研究と教育という役割があり、その中で一番評価されるのは研究ですので、どうしても臨床は後手に回るというか、誰かがしてくれるならありがたい、という風情があります。私がまだ30そこそこの生意気な若造だったころの思い出です。某大学の講師の先生が嘆いておられました”俺の大学病院の病棟は無医村なんだよね“。この表現かなり過激ですが、その頃の某大学病院のうまく事あらわしているなあ、と妙に感心したものです。大学で臨床や教育で頑張っている医師を大学病院または大学当局がどう正当に評価するか、これは昔から、そして今でも解けないパズルのままで先送りされています。

 実はこのパズルはあくまで日本での話で、30年前のアメリカ留学時に見た光景は衝撃的でした。“人種のるつぼ”と呼ばれ、多様な価値観が乱立するアメリカの合理性ならではのパズルの答えでした。まず、驚いたのは大学の正規職員(麻酔科医師)なのに大学からは給料は原則ゼロでした。正規職員の権利として彼らは大学の施設を使うことを許されるだけだそうです。そこで臨床にかかわれば(麻酔業務をすれば)、その保険点数(つまり医師の手技料)に応じて給与が支払われる、つまりたくさん臨床に従事すればそれは金銭という形で報われるのです。そしてどれだけ臨床にかかわるかは自分で決める。研究がしたければ、臨床を制限すればいいが、給与は減る。シンプルですよね。私の留学先のボスは研究が好きでしたので、週に2日くらいしか臨床業務をしていませんでした。教育も当時の日本ではありえないシステムでした。教官が学生を評価するのは当たり前ですが、アメリカでは逆に学生も教官を評価できるシステムがありました。そしてその学生からの評価が芳しくないと教官の昇進に待ったがかかるのです。ですから、教官の教育に対する姿勢も真剣そのものにならざるをえない、逆に学生からの高評価の教官はそれで昇進の道が開けるので、講義ひとつでも真剣勝負にならざるを得ません。

 これらのシステムを日本に持ち込めば、大学の臨床や教育も変わるかもしれませんが、日本に根付くかとどうかは微妙な気がします。日本にはいわゆる“なあ、なあ”の日本の風土がありますので、合理性のみに走ると嫌悪感が先行するかもしれません。現実的な問題に目を向ければ、もし、大学病院が全ての正規雇用の医師の給与をなしにして、臨床で働いた分だけとしたら、おそらく大学病院はつぶれますというか医師が十分な報酬を得られないがゆえに逃げ出すと思います。この臨床の働いた分だけの報酬は医療費が日本の比ではないアメリカでこそ生きる方法です。日本の医療保険の素晴らしい点はいわゆる国民皆保険制度にあります。すべての国民が保険の範囲で標準的な医療を受けられますし、その医療費がアメリカなど先進国に比べて安価なのです。言い換えれば安価だからこそ、国民皆保険という制度がここまで維持できてきたと言えます。少し大げさだよとご非難もあるかもしれませんが、報酬なしで標準的な医療の提供に貢献している無給医局員は大学病院が保険制度の中で先進的な高度な医療を提供していくうえでの不可欠の歯車のひとつなんです。ですからこの問題、じゃ、給料だしますね(おそらくは大した金額ではないでしょう)、というだけで解決できるほど単純なものではありません。日本社会で見受けられ、ちょっと海外ではまねのできないいわゆる“本音と建て前”という文化が医療の現場で進化した形だと私は思えてなりません。