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副院長のつぶやき
副院長 林 行雄
スモークハラスメント
2016年5月2日 つぶやき85
熊本の地震には驚きました。被災された皆様にはこのHPを借りてお見舞い申し上げる次第です。今回の地震の原因は活断層で阪神淡路と同じでした。地震が起きるたびに話題になるのがこの活断層で、実は私の自宅近くにも走っています。ただ、活断層は日本の至るところにあり、それほど珍しいものでもありません。問題は次にどの活断層が動いて地震を引き起こすのか、ですが、それは専門家でもわからないそうです。地震が起こるたびに予知できなかったか否かが話題になりますが、今回の地震もそういう理由で専門家といえども予知は不可とのことでした。次は自分の近くで起きるのではと思った人も少なくなかったはずです。

自然災害は生命を脅かす予知が困難なものの典型例ですが、逆に体に明らかに悪いものの予防できるものはたくさんあります。今月のテーマのたばこがその最たるもののひとつです。お酒はよくたばこと比較されます。お酒は少量であれば悪い事ばかりではないのですが、たばこは全くいいところがありません。手術についてもありがたくないことばかりです。たばこを吸う人と全く吸わない人の比較は医学研究ではよくありますが、喫煙者は明らかに手術後の傷の治りが遅れます。傷の治りが遅くなるとそれだけ傷口にばい菌が繁殖しやすくなるわけで、入院期間は長くなるし病院への支払いも増えます。もちろん全くたばこを吸わないのが一番なのですが、今まで吸ってきた方でも今日かぎりでたばこをやめることで手術の直前まで吸っていた場合に比べてよくなるので、手術が決まった日にこれをきっかけにたばこはやめてもらえたらと思います。

とはいえ、たばこが好きな人にしてみれば、リスクは承知、自分の体は自分で責任をとるから、ほっといてほしい、と言われるかもしれません。しかし、たばこの厄介なところはその危害が吸っている本人のみならず、その周囲におよぶことです。たばこを吸っている人の周囲の人も知らないうちにたばこの煙を吸ってしまうことを受動喫煙といいますが、そのリスクが決して小さなものではありません。そのため、裁判沙汰になったこともありますし、スモークハラスメントという言葉も生まれました。いくつかの例をあげますと、夫が1日20本以上喫煙する場合の妻の肺がん死亡率は夫が非喫煙者の場合の1.9倍。父親が喫煙者の場合の幼児(3歳児)の気管支ぜんそくの発生率は3 %で家庭内に喫煙者がいない幼児は1.7 %ですので、2倍近い数字。さらに母親が喫煙者となると4.9 %、ほぼ3倍に跳ね上がります。さらに職場で受動喫煙があるとない場合の慢性閉塞性肺疾患の発生率が1.5倍、喫煙者と同居すると認知症の発生が30 %増加といった具合で決して無視できる話ではないのです。たばこでは直接吸い込む煙を主流煙、たばこの火のついているところから立ち上る煙を副流煙といいますが、受動喫煙はこの副流煙を吸い込むことで生じます。実は意外なことにその副流煙が主流煙に比べて、はるかに多くの有害物質を含んでいるので厄介なのです。有害物質の一例をあげますと主流煙に比べてジエチルニトロソアミンは19~129倍、ホルムアルデヒド:6~121倍、アンモニア:46倍、一酸化炭素4.7倍、タール3.4倍、ニコチン2.8倍等々というデータがあります。副流煙は空気でうすめられてから吸い込むとはいえ結構な数字ですので、その危害が無視できないこともご理解いただけると思います。

もうひとつ受動喫煙の気になるべきデータを示します。昨今、中国の北京などの大都市で有名なのが微小粒子物質(いわゆるPM2.5)ですが、このPM2.5、喫煙でも発生しています。よくテレビで視界の悪い北京が映し出されますが、その北京のPM2.5の濃度と喫煙可能な店のPM2.5濃度はほぼ同じ、もっと狭くて曇っている居酒屋に至っては北京の最高濃度とほぼ同じというデータがあります。曇っている北京をみて誰もあんな所には住みたくもないし、行きたくもないと思われるでしょうが、同じような場所に私たちは知らず知らずに出入りしているのです。最近は喫煙と禁煙をスペースで分ける分煙という店が多いですが、これは実は大きなトラップです。分煙をしたところで受動喫煙は防げないというのが常識です。つまり、職場や飲食店などの人の集まるところは全面禁煙が必須なのです。病院では全面禁煙は常識ですし、当桜橋渡辺病院もそうです。しかし、飲食店で全面禁煙はなかなかお目にかかれません。客商売ですので、喫煙者を排除するのは簡単ではないのはわからないではないです。しかし、それが将来に大きな負の遺産を残すことは明白です。国は医療費の高騰で医療費を削ることに執着する前に法をもって規制を行うべきといえますし、この点は日本が欧米諸国に明らかに遅れています。昔といってもそんな太古の話ではありませんが、たばこは国が専売公社という会社で売っていました。今のJTの前身です。そしてその税収は今でも国家の大切な財源です。そんな背景があって簡単にはたばこを排除できないのかもしれません。たばこのリスクとそれに伴う医療費を勘案し、目先の税収に固執するのでなく、大局観をもってこの問題に取り組む姿勢が今の政府、行政には必要と思えます。