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副院長のつぶやき
副院長 林 行雄
学力の経済学
2016年12月5日 つぶやき92
 今年ももうすぐ年明け、いわゆる受験シーズンの到来です。受験生のあるご家庭はなにかと気をつかう季節だと思います。かく言う私も次男が18の春に挑みますが、高校生活を謳歌した彼にとって本番は来年でなく、再来年以降になりそうです。

 さて、今月のタイトルの本、ご存じの方も多いのではないでしょうか。慶応大学准教授で教育経済学者の中室牧子先生の著書です。かなり以前に推薦書籍として某書店に並べられていました。さらに、日曜の夜のバラエティ番組の『林先生が驚く初耳学!』で幾度となく取り上げられていますので、そっちの方で知っているよ、という方も多いと思います。私もこの本で初めて教育経済学なるものの実態を知ったわけですが、掛け値なしにこの本はおもしろいです。さすがはベストセラーになるだけの内容があります。医学研究と教育経済学の研究手法はほぼ同じと言っていい、それだけに我々には受け入れやすいのだと思います。例えば医学研究で一番典型的なものとしては、ある薬剤Aの効果を見るときにこれを投与された患者群が投与されなかった患者群より後々の生存率が改善されたり、心臓疾患が発症しにくくなったことが明らかになれば、このAという薬が医学的に有用だという結論になります。教育経済学でも典型的な研究手法は子供たちに対してある施策を行った群と行わなかった群で子供たちの学力に差が出たか、将来子供たちの年収等に差が出たか(これらはアウトカムと呼びます)を調べ、その教育施策が子供たちの将来に+に働くか?を検討していくというものです。日本では子供たちを2つの群に分けて、違う教育施策を行うということは難しいのが現状でしょうから、多くのデータは海外からの報告となります。この本はその中で明らかにこれはいい!とわかった事を詳細に述べています。その中身はこれから子育てを行う方には珠玉の内容だと思います。全部を取り上げるのは無理ですから、その中からこれは現実的に興味深いと思えるものを紹介します。

1.クラブ活動は?
 高校でクラブ活動に熱中して、定期考査がおろそかになっていると思われるお子様をお持ちの親御さんにとっては深刻な悩みだと思います。でも安心してください。クラブ活動をやる方が、将来のアウトカムが良くなる可能性があるのです。一見、それおかしいよ、と言いたくなりますよね。クラブ活動に熱中すると勉強時間が制限され、結果大学入試で失敗しそうです。確かに現役合格というのを究極の目標にしたら、クラブなどに目をくれず、こつこつと勉強している子供の方が現役でサッサと行ってしまう、という印象はあります。しかし、将来、それは社会に出てからの成功という観点からすると学力テストなどの数字で明確に示される指標より数字は簡単に表せない指標、これを教育経済学では非認知能力と呼ぶそうですが、これが重要だという結果が得られています。この能力には忍耐力とか、自制心とか、社会性とか、意欲的か、などが含まれます。これらの能力を鍛えることが将来の成功につながり、高校生活での部活はその鍛錬の場として有力となるわけです。なんとなくもっともらしくは聞こえますが、親からみればどうしても目先のこと、期末の点がどうだったとか、模試の判定がどうか、などのストレスに目がいってしまうので、それが将来にいいと言われてもなかなか受け入れがたいと思います。でも研究結果に従うなら、長い目でみればということでじっとこらえて辛抱するのも親の役割なのかもしれません。

2.幼児教育の重要性
 教育にはお金がかかりますし、青天井というわけにはいきません。その限られた原資をそのタイミングで子供に投資するのがいいのか、これにも教育経済学は答えを用意してくれています。一番効果的なのは就学前の幼児期の教育に投資することだそうです。そしてその投資は子供の年齢が上がるにつれて効果が薄れるというものです。この答えも”はいそうですか”と素直には受け入れがたいところですが、厳密な研究結果で、受け入れていただくしかないのです。なかなか目には見えませんが、幼児期にいい教育を受けた子供は将来、何年後かにその教育成果が出るというなんともファンタジックな話です。でも、現実なのです。日本では幼児教育にはあまり力が入れられていません。例えば、学校の先生というカテゴリーで言うと、幼稚園より小学校、小学校より中学校、中学校より高校、高校より大学、と学校が進むにつれてその教員は地位が高いというか、世間からの尊敬を得られているように思います。つまり、幼児教育に従事する先生が先生の中では一番評価されないという傾向があります。しかし、ヨーロッパでは少し事情が違うようで、幼稚園の先生になるのはそんなに簡単でなく、世間からのリスペクトも大学の教官に劣らないという背景があるそうです。この点では日本の教育政策は遅れているのかもしれません。今後日本でも幼児教育を売りにした塾も繁盛するかもしれませんが、なにせその結果が出るのが20年以上先です。どうしても目先の結果に目がいってしまうのが人情ですから日本に定着するかどうか興味深いところです。

 ここで少しお断りです。医学でもそうですが、これらの研究結果はすべての人に当てはまるわけではありません。医学で言えばあるAという薬でいい結果になった人が明らかにこの薬を飲まなかった人より多かった、いわゆる確率が高いということを示しているのであって、全員がそうではないのです。教育でも同じです。ある施策が将来に有効な結果につながる人の割合が増えることを示しているので、全員が有効になるということは担保していません。でも、有効と思われる方法を重ねていけばより将来が明るくなる確率が高くなるので、子供の将来につながるといえます。最後に本の中で有効とされる方法をいくつか挙げておきます。でも、本当はこの本を一読していただくのが一番ですよ。

1) 他人の成功談(予備校の合格体験記とかですね)はあてにならない。
2) 男の子は父親が、女の子は母親が(つまり同性の親)かかわるほうがいい。
3) 友達は選ぶべき。あまりに学力が離れた友達はむしろ有害。
  優秀な生徒たちのグループにいるとかえって成績が落ちるそうです。
  同じ程度の学力の友達がいい。
4) いじめにあったら、さっさと転校しよう。
5) ゲームやテレビを禁止しても効果はうすい。むしろ時間を決めて許すのが効果的。
6) ご褒美はうまく使えば有効(具体的な使い方は書ききれませんので割愛)
7) 子供を褒める時は結果ではなく努力の過程を褒めなさい。
  (テストの点がよかったね、ではなく毎日よく勉強していたね、とほめる)
8) 子供に勉強しなさい、と言うだけでは効果なし。
  親が時間を惜しまず、一緒に勉強することが効果的。
9) 今勉強しておくことが将来につながる、等の長期的な展望を子供に言うのは無駄。
10) 幼いころからの躾(約束を守る、挨拶をする、背筋をのばす)は将来の成功につながる。

 なんか当たり前のオンパレードですが、それぞれに効果的という証拠があるのです。ご参考になればと思います。