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副院長のつぶやき
副院長 林 行雄
AI:人工知能
2017年5月30日 つぶやき98
 藤井聡太四段、中学生でプロ棋士になった天才と話題になった将棋界の新人です。彼がすごいのは現時点(6月1日)までデビュー以来19連勝でまだ一度も負けたことがないのです。勝ち続けると当然実力ある棋士との対戦になるのですが、止まりません。これまで幾多の天才と言われた棋士がいましたが、デビューからそこまで勝ち続けた人はいませんでした。これは業界にとどまらず大きなインパクトを与えており、最近はネットや新聞のみならず、テレビニュースにもなっていますので、彼の名前は聞いたことがあるという方も結構おられるかもしれません。

 さて、その将棋界で4月と5月にひとつ大きなイベントがありました。それは藤井四段の話ほどマスコミで取り上げられていませんでしたが、現名人の佐藤名人と最強コンピュータ将棋ソフト”ポナンザ”との2番勝負がそれです。いわば、人間の最高峰の知能と人工知能の頂上対決でした。かなり前にチェスではコンピュータが人間を凌駕しましたが、その時でも将棋でコンピュータが勝つにはまだまだ時間がかかると言われていました。チェスで人間とコンピュータがいい勝負をしていたころ、私も当時の将棋ソフトとまあまあいい勝負をしていましたので、当時のソフトはプロの棋士の足元にも及ばないくらいでした。チェスと将棋の決定的な違いは将棋では取った相手の駒を持ち駒として自分のものとして使えるという点です。これが将棋というゲームをより複雑にしているため、コンピュータが対応しきれないと考えられていました。でも、それは過去の話となり、最近の将棋ソフトの向上は凄まじく、人間はもはやコンピュータにはかなわないというのが冷静な予想でした。でも一方で名人なら、という期待もありました。しかし、結果は2局とも名人の完敗でした。素人目に見てもいいところなく名人が負けてしまったというのが私の感想です。特に印象的であったのはポナンザが指す手のなかに人間が定跡としていたものと全く違うもの、ありていに言えば人間からみれば非常識な手がいくつか見られたことです。まさに人工知能が人間の考えを越えている、そう感じざるを得ませんでした。

 さて、人工知能という言葉、英語2文字でAIと呼ばれていますが、この定義は何ぞや?と問われた時、私は正確な返答ができません。簡単なワープロソフトからスーパーコンピュータまで全てが私にとっては人工知能に属するように思えますので、素人考えかもしれませんが人工知能=コンピュータと思っています。
 そのコンピュータですが、今や私の仕事には不可欠となっています。私が医学論文に手を染めだしたころ、それまではタイプライターで一字一字打っていたものがワープロの登場で何度も訂正ができるようになりましたが、それだけでも当時は画期的でした。そのうちエクセルにデータ管理を任すようになり、それまでは電卓とにらめっこしていた統計の複雑な計算をソフトが一瞬に解決してくれました。汎用性の高い統計ソフトが出回る前は半日あるいは1日かけて統計計算をしていたこともありましたが、今となれば懐かしくもあり、ずいぶん無駄な時間を過ごしていたものだと思います。医療の世界でもコンピュータは知らず知らずのうちに溶け込んでいます。私が研修医のころ、患者さんの心電図をひとつひとつ丁寧にみていましたが、今は心電図を取ればコンピュータがコメントしたものが印刷されるのが当たりまえ。そのコメントの信頼性はあるようなないような、でも研修医の診断に比べたら信頼できると思います。某大学の麻酔科教授は今の若い先生は心電図が読めないと嘆いていましたが、便利になったが故の負の遺産と言えるでしょう。今はそれほど浸透していませんが、レントゲン画像も診断するソフトもあります。これらの情報に患者さんから症状を聞き取り、検査結果を打ち込めば、人間が診断するより正確な診断を下すと思います。正確な診断で大切なことは可能性のある疾患を見落とさないこと、この点では人間はコンピュータにはかなわないでしょう。

 今後ますます医療の分野のみならず様々なところでコンピュータの役割がますます大きくなることは疑いもありません。ここで昔から言われてきた心配事ですが、将来ヒトが人工知能に支配されるのではないかという憂いです。コンピュータはヒトが情報を入力して、スイッチを押さないと動かないからそれはSFの世界だけ、というのはもっともらしい話ですし、私もそう思っていました。でも名人が完敗する将棋ソフトをみて、ちょっと考えが揺らぎました。将棋ソフトのポナンザは人間の最高峰の頭脳を凌駕する手を出してきました。それは人間が考えつかないことをコンピュータが生み出していることです。いやいやそれでこそコンピュータでしょう、とも言えますが、もしかしたら、将来コンピュータの複雑な回路のどこかが偶然ショートしてコンピュータ自身の意志を作り出すこともあるのでなかろうか、と思っています。偶然ショートして進化するなんてまさにSFの世界、これが素人の思い過ごしであればいいのですが。